Fender Japanの誕生の経緯
当ブログにおいて散々ジャパンビンテージについて記載してきましたが
それと密接に関係のある「Fender Japan」
残念ながらフェンジャパで親しまれたこのブランドは2015年4月をもって幕を落としました。
前回のブログで東海楽器がFenderに訴訟を起こされ営業停止になった話などを書きましたが
日本はコピー品を作って販売していたため本家の逆鱗に触れておりました。
しかしコピー品の完全な駆逐は出来なかった米Fenderは日本国内の楽器製造の話を日本へ持ち込むことにしました。
と、公式には言われておりますが、もちろんコピー品をなくすという目的もありながらも元々米フェンダーは安価なモデルを流通させる為の工場を探しておりました。いわゆる当時のスクワイアなどがそれに当たります。
ですので一度中国に話を持ち込んでるのです。
今でこそ中国の品質も世界的に優秀になってきてますが、当時はまだ品質的に及第点を超えることにならず、改めて日本に話が持ち込まれた形です。
当時の人件費を見ると日本委託で安価に生産できる時代だったためですね。
Fender Japanの誕生は1982年ですが遡ること1980年
フジゲンは「スーパーリアル・シリーズ」という本家を完璧と言っていいくらいに真似たシリーズを作り始めます。スーパーコピーみたいな話ですが、そういう時代だったのです。
※余談ですがフジゲンは1981年にNCルーター(木材加工機)を導入します。つまるところ1980年まで機械化せず、さらに同年スーパーリアル・シリーズ。もうお分かりですね?
翌1981年、神田商会が米FenderからついにFender Japan構想の打診を受けます。
当時Grecoブランドを委託していたフジゲンへ神田商会は話を持ち込みます。
ここでフジゲンは「スーパーリアル・シリーズを頑張りたい」という意向の元、一度は話を断るのですが神田商会の説得の上で承諾します。
※断られたあとご近所さんのマツモク工業へ次は話をもってく予定だったみたいです。
さて神田商会とフジゲンのタッグはその時点でGrecoブランドを作っていたわけで、先述のスーパーリアル・シリーズもGrecoの物でした。
そんな中Fender Japanへと移行することとなった経緯も相まって、NAMMショウにてGrecoのロゴを剥がしFederのロゴに張り替えて出展するということになります。
コピー品が本物のロゴを張られる時がここで誕生しました。
ちなみに大絶賛だったそうです。
Fender Japan誕生
そんな歴史的背景の元
・フジゲンとフェンダーの共同子会社という形で1982年、日本法人のフェンダー・ジャパンが設立されました。
・出資は山野楽器と神田商会
設立後、安価なモデルをスクワイア、ランク上の物をFender Japanとしフジゲンが製造することとなります。
一番ジャパンビンテージとして価値の高いころですね。
結構勘違いされておりますが、Fender USAとFender Japanは全くもって別会社です。
日本製のFenderと言えば聞こえはいいですが、その認識も間違っています。
公式にコピー品を許された日本製のストラトキャスターやテレキャスター。
その認識が正しいところだと思います。
一応Fenderらしくないギターは作れないなどの制限は、子会社ですのでありますが
完全に独立した一法人としてFender Japan社はありました。
扱いとしては当時フジゲンの子会社でもありますね。
同年1982年、フジゲンは世界ギター生産量1位にまで上り詰めます。
ちなみに本家Fenderが工場を失ったときフジゲンは1984〜1987年のFender USAも作るようになります。
その間、自社工場のないFenderはコロナ工場を作るわけですが、その際の技術協力はフジゲン。
当時フジゲン在籍、現Sugi Guitarで知られる杉本さんも技術指導を行いました。
さらにその杉本さんの技術指導の結果、1987年のカスタムショップ設立に繋がります。
そして同年1987年Fender MEXICOをフジゲンとフェンダーで設立します。
さて順風満帆のように見えたFender Japan並びにフジゲンですが、1997年のバブル崩壊後「Fender Japan」「Fender MEXICO」両方の株を米Fenderに売却。
その為Fenderにとってはフジゲンとの共同会社だったフェンジャパもメキシコも、完全なフェンダーの独占子会社化されます。
米Fenderはメキシコのみを残し、フェンダージャパンをスクワイアと統合した結果
「Fender Japan」の15年の歴史に1997年幕を下ろします。
というよりも「フェンダー・ジャパン株式会社」が消滅しました。
同年「Fender Japan」ブランドの第二期が発足されるのですが、それはまた次回の記事にて。